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大阪高等裁判所 昭和31年(う)1550号 判決

控訴人 被告人 ハリーフリッターマン

弁護人 色川幸太郎 外一名

検察官 西ケ谷徹

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人色川幸太郎及び林藤之輔連名の控訴趣意第一点について。

所論は要するに、原判示第一の(一)ないし(四)の各小切手の振出は、昭和二五年六月三〇日大蔵省告示第四九六号の有効当時に行われたもので、右振出による支払は同告示第二号所定の大蔵大臣の許可を受けないでもよい支払に該当するから、右小切手の集中義務も当然免除されると解すべきであるのに、原判決がこれについて被告人を有罪にしたのは、法令の適用を誤つたものであるというのである。記録によると、被告人は昭和二三年一〇月下旬頃日本に入国して滞在したが、パナマ共和国パナマ市に本店を有するインターナシヨナル・プロダクト・インコーポレーテッドの社長で、昭和二六年四月二〇日大阪市西成区旭南通五丁目三番地に右支店を開設し外国為替及び外国貿易管理法(以下法という)第六条第一項第五号の居住者として、主として右本店がアメリカにおいて毛ぼろを買付けて右支店に送り、同支店においてこれを加工して敷物類を製造し、製品を右会社のロスアンゼルス支店に送付する事業を営んでいたが、送付した製品の代償として本店より毛ぼろの送付を受けていたもので、本店と大阪支店との経理は別途に属し、本店の有する資産は右告示第二号にいう「外国為替及び外国貿易管理法(昭和二四年法律第二二八号)又は同法に基く命令の規定の適用を受けない取引に因り取得した財産」に該当し、前記各小切手の引当てとしたニューヨークナシヨナルシテイ銀行パナマ支店に対する預金は、右本店の資産の一部に属するものであることがうかがわれる。そして右告示は外国為替管理令(以下令という)第二六条第一項に基いて発せられ、同告示第二号は昭和二七年六月二六日大蔵省告示第一、一二一号によつて削除されたもので、右各小切手の振出は削除以前になされたものであるが、同告示第二号が大蔵大臣の許可を受けないでできる場合と指定しているのは、令第一一条第一項に掲げる法第二七条から第二九条までの規定により制限又は禁止された支払等についてであることは、同告示の明文の示すとおりである。ところが原判決挙示の証拠によると判示第一の(一)の小切手は被告人の前記大阪支店が米国から毛ぼろを輸入するに当り、輸入貿易管理令第一三条による、輸入貨物の価格に対する保証金の積立資金に窮し、日本にある居住者であるピー・シー・ルガニーに頼んで、輸出貿易管理規則第七条第一項に定める、同人に対する銀行の保証状によつて同人に一旦輸入してもらい、更に同人から買受けた毛ぼろの弗代金支払のために振出されたもの、判示第一の(二)ないし(四)の各小切手は被告人が右支店の業務に関し、右ルガニーに弗を円貨と交換してもらうために振出されたもので、右支払はいずれも外国へ向けたものでなく、本邦にある居住者間においてなされた支払で且つ非居住者のためにする支払でないことが認められ、法第二七条各号及び第二八条のいずれの支払にも当らないことが明らかである。すなわちこのように本邦にある居住者から他の居住者に対する支払で、非居住者のためにする支払または外国へ向けた支払でないものは法第二七条ないし第二九条によつて制限又は禁止されてはおらず、従つて昭和二五年六月三〇日大蔵省告示第四九六号の第二号に定める免除の対象外に属するのであり、法は右支払について直接規制してはいないけれども右支払の前提をなす前記各取引は法第三〇条第二号、令第一三条第一号の居住者間の外貨債権の発生の当事者となる場合に当り、右法条によつて規制されており、そのために振出す小切手は法第二一条第一号の「本邦内にある対外支払手段」に当り、本邦にある居住者に対し令第三条、外国為替集中規則第三条によつてその集中義務が課せられていると解するを相当とする。この点に関する原判決の説示はやや明確を欠くきらいはあるが、結局右と同趣旨によるものと考えられ、原判決が前記各小切手を法定機関に売却しなかつたことについて、被告人を有罪としたのは正当であり、その法令の適用に所論のような違法はない。

論旨は理由がない。

同第二点について。

所論は要するに、判示第四の縁故者の子女とはインターナシヨナル・プロダクト・インコーポレーテッド本店のもと副社長であつた者の女子であり、同女のための留学費の送金は右本店の業務に関することで、被告人が本店の社長として非居住者の資格においてなしたものと認むべきであるのに、原判決がこれを居住者としてなしたものとしたのは誤であるというのであるが、記録を精査すると、右送金が本店の業務に関したものと認められる資料はなく、右送金のための判示小切手はむしろ被告人が個人として従つて居住者として振出し送付したものと認められ原判決には所論のような事実誤認は見出されない。

同第三点について。

所論は要するに、判示第一及び第四の各小切手は、被告人の自己振出のもので、他から取得したものではないのに、外国為替集中規則第三条所定の「対外支払手段を取得したとき」に当るとして、右各小切手について集中義務違反を認めたのは、法令の適用を誤つたというのである。外国為替集中規則は法第二一条ないし第二三条、令第三条等の規定により定められたもので、同規則第三条は「本邦にある居住者(外国為替公認銀行、両替商及び郵便官署を除く)は左に掲げる財産を取得し、又は輸出したときは、取得し又は輸入した日から十日以内に、外国為替公認銀行、両替商又は郵便官署に売却し、又はこれらの者に対し取立を依頼し、且つその取り立てた代り金を売却しなければならない」とし、右財産に当るものとして対外支払手段及び外貨債権を掲げ、これらに関する本邦にある居住者間の集中義務を規定しているのであるが、前記各法条等法制定の趣旨からすれば、本邦にある居住者が外国銀行の外貨預金に基いて、当該外国銀行を支払場所として外貨表示の小切手を自ら振出したときは、これを個人に交付する等流通に置く前に、右振出完了と同時に右規則第三条にいわゆる対外支払手段を取得したときに当るものと解するを相当とする。原判決がこの趣旨により前示各小切手について、集中義務違反を認めたのは正当であつて、その法令の適用に所論のような誤はない。論旨は理由がない。

同第四点について。

本件当時までの被告人の日本における滞在期間、被告人の日本及び海外において営んでいた業務の状態等記録にあらわれた諸般の点を総合すると、被告人は日本における外国為替及び外国貿易に関する法規の細部について知ることがなかつたとしても、右法規の存在を認識し、その趣旨の概略についての理解を有していたものと認められ、所論のように被告人に罪の成立を阻却するに足りる違法の認識の欠缺があつたものとすることはできない。又所論の各情状は十分斟酌されるべきものではあるが、原審の刑はそれらを考慮に入れて量定されたものと考えられ、相当であると認められる。論旨は理由がない。

以上いずれの点についても理由がないので、刑事訴訟法第三九六条、第一八一条により主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 万歳規矩楼 判事 武田清好 判事 小川武夫)

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